槍〜大キレット〜穂高縦走
2008.8.10
登山をするものなら誰もが憧れるルート「槍・穂高縦走」。わずかな夏休みを利用してそのルートに挑戦する事にした。ただし、穂高の縦走をまじめにすると2泊3日では到底回りきれないので北穂から涸沢カールに下り横尾を経て上高地に戻るルートとした。今回北穂に登る事で、奥穂・前穂・西穂と合わせ穂高4つのピークを登りきる事になる。

1日目
朝3時起床。3時半に海老名を出発して前泊していたUDAと上高地へ向かう。道は空いており7時には沢渡(さわんど)に到着し、タクシーで登山基地の上高地へ。7:30には行動を開始した。今日の目標は槍ヶ岳山荘。コースマップでは以下のような目安時間が書いてある。

上高地〜3時間5分〜横尾〜1時間45分〜槍沢ロッヂ〜1時間〜槍沢大曲り〜1時間〜天狗原分岐〜2時間半〜槍ヶ岳山荘

計9時間20分の行程だ。ただし、今までの経験で昼食を入れても1割以上は早く着くだろうという予想の元、行動時間8時間(一般時間 −80分)という目標を立てた。15:30に山荘入りする計画だ。夏山は雷の心配があるので15時前後の山小屋入りが望ましい。最近は不安定な天気で雷雨が多いので、これは重要な要素ではある。水分の補給がポイントになるので水とポカリを計2リットル持ち、上高地を後にした。

涼しい樹林帯をテンポよく進み、明神池・徳沢を過ぎ2時間半かけ横尾まで一気に進んだ。一般タイムより35分短縮だ。ここで行動食を口にする。今回はドライフルーツをメインに持ってきた。バナナやアンズ、マンゴーにアプリコットで効率よくカロリーを取得出来、エネルギーを長持ちさせられる。カロリーメイトは、冬の登山で懲りた(水が凍って水分なしでは食えたものじゃない)のに対し、ドライフルーツは食べやすくて気に入った。
横尾からコースが別れ、涸沢方面は釣橋を渡り槍方面は梓川沿いを直進となり、ここからは初めてのコースだ。横尾まではほぼ平らなのに対し、ここからは傾斜がでてくるが疲れは無かったので一気に槍沢ロッヂまで進んだ。到着は11時半で計50分短縮。このペースなら15時につけるのでは?と思うほどのいいペースだ。山小屋で昼食をとった。自分はカレーでUDAは山菜うどん。小屋の前にはフィールドスコープが設置してあり、槍の穂先にセットしてある。円錐形の頂が木々の間からわずかに見えた。30分弱の休憩を終え再度行動開始。朝に較べやや雲が出てきたのであまりゆっくりは出来ない。ここから1000m以上高度を上げる事になる。登りだすと、今までとはうって変って胸を突くような急登(高度記録参照)だ。とたんに心臓が早鐘を打ち出した。水泳をやっていた事もあり、心肺能力に不安はないがこれまでのようなペースでは進めない。樹林帯がなくなった事もあり、汗が噴き出した。大曲りは12:35、天狗原分岐は13:25通過。高度計はぐんぐん数字が上がるが、体力的には一番きつい場所だ。その直後、標高2500m付近で湧き水があり、冷えた水で喉を潤し気分的に回復した。このあたりになると残雪が結構あり、雪渓上を歩く箇所もある。14時頃になると、ロッヂで一瞬だけ頂を見せた槍が再び見え始めた。ゴールが近づき気分が楽になるがここでちょっとしたアクシデント。UDAが股関節を傷めた模様。歩き方の改善で痛みなく進めるようにはなったがペースはかなり落とさざるを得なくなった。最後の300mはかなり体力を消耗し、槍の穂先は目の前に見えるのに、中々近づかぬゴール。高山植物と槍を含めた景観が唯一の癒しでそれ以外は辛い時間帯であった。
そして、いよいよ槍ヶ岳直下の槍ヶ岳山荘に到着。時間15:45になったので、合計行動時間8時間15分(一般時間 −65分)というコースタイムだった。心配した雨もなく無事1日目は終了。16時を過ぎても天気が良いのでこの時間に槍の頂上まで登っている人が何人も見えたが、我々は明日の早朝に楽しみを残しゆっくり休む事にした。

2008.8.10〜8.11
チェックインを済ませ、ビールを1杯だけ飲んだ。うまい。。。部屋(32人部屋)に案内され、荷物整理と汗を拭いて一息。布団は一人に一枚で安堵した(ハイシーズンは最悪3人で1つの布団)。夕食は3交替制。一番後の組で食べた。いつも通り(山では)おかわりしてエネルギーを補給。食後は部屋に戻り軽く横になるつもりが、深い眠りについてしまった。。夕焼けに染まる槍を撮ろうかとも思っていたが、疲労のための休息欲求の方が主張が激しかったようだ。8時過ぎに目が覚めたが、結局ごろごろしながらそのまま眠りにつく事にした。
・・・室内が暑くて眠れない。。時計も見ると23:30。ちょっと気晴らしに外にでも涼みに行こうと思ったが、20秒経たずに強風と寒さのあまり玄関に戻ってしまった。水を飲みつつ、(時計で取得した)今日の高度記録を携帯に手で打ち込んだ。PRO TREK(CASIOの登山用時計)は15分ごとに高度を自動記録出来て便利だが、なぜかメモリが50回分しかない。9時間も行動すると36個分を消費してしまうので2日ともたないのだ。なので携帯にメモして一旦クリアする必要がある。泊まりの登山では、今までもこうやってHPの高度記録は作ってきたのだ。その作業を終えていよいよ眠る事にした。

翌朝3時半には目を覚ました。UDAは既に起きて準備を始めようとしていた。日の出が5時なので余裕を持って4:15頃には出発しようという算段だ。さすがに寒いので、レインウェアを上下に羽織ってさらに手袋をした。まだ真っ暗に近いのでもちろんヘッドランプ必携。結局スタートは4:20になった。槍の頂上までは30分。急な岩場ではあるがハシゴが多くそれほど難しいところはない。25分ほどで3180mの槍ヶ岳頂上に着いた。東の空がうっすらと明るくなってきている。カメラを構えた登山者達がご来光を納めようと寒さを凌いで待っている。自分の狙いは正直日の出ではない。日は出てしまえば5分もたたない内に、地平線のグラデーションが薄まり平凡化してしまう。逆にここから数分間がモルゲンロート(朝焼け)に染まる側の撮りごろになるのだ。日が昇る頃には頂上は大渋滞!下りの渋滞に巻き込まれたらかなわないので、日が出て数分したら降る事にした。そして下りの斜面から斜光に染まる大喰岳、穂高方面を狙う事にした。狙いはバッチリで渋滞に巻き込まれず、かつ赤く染まる穂高方面をD300で捉える事が出来た。戻ると丁度朝食の準備が出来ていた。今日も行程が長いのでさっさと準備を済ませ出発する事にした。
ザックのパッキングをして小屋前で記念写真を撮った。この頃が槍の渋滞ピーク。昇り降りの人たちで行列になっているのが写真からもわかるだろう。
作戦成功に気をよくして南進を開始した。

2008.8.11 その2
今日の予定は以下の通り。

槍ヶ岳山荘〜2時間20分〜南岳〜2時間〜大キレット(A沢のコル)〜1時間半〜北穂高岳〜2時間〜涸沢ヒュッテ

一般タイムで計7時間50分だ。6:40にスタートしたので昼飯と休憩で1時間追加しても15:30着。だが今の疲労度を考えると正直自信が無かった。それくらい足の筋肉痛が激しく膝も痛みがあった。とはいえ、昨日のようなキツイ登りはないのでなんとかなるかな? と、やや不安を抱えながらのスタートとなった。とはいえ雨が降ったり体力的に問題があれば(翌日の行程が長くはなるが)北穂高山頂の北穂高小屋に泊まるという手があるので心に余裕は持つことが出来た。
天気は快晴で7時前なのに陽射しが強い。もちろん日焼け止めは塗っているが、手の甲だけは塗り忘れ後でここだけ変色するとう目にあった。南岳の前には2つピークがある。大喰岳(おおばみだけ・3101m)と中岳(3084m)だ。なんら難しい箇所はなく、アップダウンもそれほどではないので雄大な北アルプスの景色を楽しみ、D300のシャッターを切りつつ雲上の縦走路を闊歩した。向かう先には穂高の岩の峰々が。向かって右の西方向には笠が岳、東には常念岳を始めとする北アルプス南部を代表する山々が朝日に映えて美しかった。
ほぼ予定通りの2時間15分で南岳に到着。ここからが今回の山行のクライマックスともいえる大キレットの通過だ。途中長谷川ピークや飛騨泣き、最後は北穂高の急登と、今回の山行では一番難易度の高い箇所になる。南岳小屋の前にはこんな看板も出ていて気を引き締められる。
大キレットの展望台という箇所で写真を撮ったが、どこがどう難所なのかは正直わからないが一旦高度を落とした先にある北穂高の存在感は強く感じた。そして、気を引き締めいざ出発!・・・したが、道がよく分からない。行く先は断崖絶壁。正しい針路を示すペンキマークも岩に書かれていない。絶壁を巻くようにうかがっていると大分西側を進んで行く人が一人・・・。あ〜、あっちか(笑) さすがにこの断崖は降りられないよな。UDAと苦笑いしつつ正しいルートに戻った。展望台から戻る際にはルート標識もないので危うく懸垂下降するような絶壁をボディビレイで降りるところだった(笑)

2008.8.11 その3
大キレットは、はじめのうちは普通の稜線だ。序盤こそ急な下りでハシゴが続くが、これといった難所はない。ストックを使った方が便利と思うような稜線が続く。天気がすばらしく、向かう北穂方面や通ってきた南岳が美しく映える。そのため難所という感覚はまったくなく進んでいった。ものすごいナイフリッジを想像していたのでやや拍子抜けな気もした。痩せ尾根と言われるがあまり危険な印象はなかった。というのも、確かに両側は切れ落ちてはいるのだが、前後に大きなピークがあるので高度感を感じないのだ。そのまま進み中間点まではかなり早く進んだ。ここらで槍ヶ岳山荘で買った昼ごはん用の弁当を食べる。赤飯だったのだが堅くてはしでつまめず、そのまま二人でかぶりついて食べてしまった。
今日は平日という事もあるが、昨日までの人の多さがこの大キレットでは全く感じられない。年配の方が多かったのに対して、かなり平均年齢が下がった感じがした。やはりここが難所だというイメージがあるからであろうか。どちらにしろ人が少ないのは個人的には歓迎である(この思いは、この次に登った剱岳でさらに強くなった)。
さらに稜線を進む。少し前から自分達の前にはテント泊縦走の若いカップルがいた。同じようなペースだったのでそれほど距離を取らず進んでいたところ、中年の男性がしゃがみこんでいるところに出くわした。「もう歩けねーなー。ヘリ呼ぶしかねーかなーー。」と、けがをしているわけではないがかなりお疲れモードでグチがでていた。カップルが頑張ってくださいよー、と励ましていたが、確かに体力的にはきつい場所だ。この大キレットではエスケープルートはない。進むか戻るかしかないのだ。山岳保険に入っていれば仮にヘリを呼んでも100万単位の金はどうにかなるであろう。だが登山者としては屈辱的なことであろう。本当にせっぱつまっている様子はないので我々もそのまますすんだ。このような事は山では日常茶飯事である。自分の力量にあったルートを選ばないと何が起こるかわからないのだ。まあ、北穂山荘まではどんなに遅くとも日没までには着くであろうし、なんとかなるであろう(実際、後で遭難したという話はなかった)。

2008.8.11 その4
この後は難所の長谷川ピークがあるらしいのだが、見た感じそのような頂きは認められない。
と、思っていたが突然前のカップルが歩みを止めた。「何これ??」と、女性の方がいってあっけに取られている。自分はしんがりを進んでいたが、UDAもストックをしまい「ここからはナメてかかったらいかんな」と、やや真剣モードになっていた。やや下りつつ急激に左右が切れ落ちるナイフリッジになっており、しかもその後急角度で下るルートとなっている。この急下降に女性の方がかなり衝撃を受けたようだ。一人ずつしか通れないので、超慎重ペースで進む彼をを待ち、ナイフリッジ上で待機する。ふとそこで後ろをみたら「Hピーク」とペンキ文字で書かれていた。
そこでようやく納得。ああ「ここが長谷川ピークか」と。確かに噂通りの難所の匂いがする。基本的に急激な斜面は登りより下りの方が恐怖を感じるものだ。とはいえ、やはりこういう所にくるとつい嬉しく?もなってしまう。アドレナリンが出てきてやる気は満々だ。何枚か写真を撮り、通過したカップルに続いて進んだ。
やたらと太い鎖に、助かる場所にある足のステップ(鉄の杭を岩に打ちこんだだけのもの)を使い、緊張感は持ちつつもわりとさっくり通過した。逆側から見るとなるほどと思う。確かに急激なピークになっている。南岳方面からの南下では緩やかな登りのため着いて初めて気付いたが、こちらから見ると堂々としたピークであった。
ここからしばらく鎖場を進むとようやくA沢のコルだ。この付近からいよいよ北穂高岳の急登となる。岩場を進んでいくとややガスが湧いてきた。急な岩場で雰囲気も出てきたと感じ何度かシャッターを切る。その後かなり急な岩場で西側がすっぽり切れ落ちている難所があった。後でわかったがここが有名な「飛騨泣き」であった。すれ違う人は、後ろ向きに慎重に降りてきて見えない足場を足の指先を這いまわす事でなんとか見つけ降りている。これは、下りは相当怖そうだな。。今まで味わった岩場で一番かもしれない。
途中急斜面の登りで、若い3人くらいの男のパーティーが降りているところに遭遇。下っている彼らは山の初心者のようで、「うぉぉ〜〜〜こえーー!」とか「マジかよ!ちょーこえー!!」と大声を上げて、相当エキサイトしている様子だ。この先大丈夫かな、心配しつつもこの後は長谷川ピークの登りだけだし、その後は特に危ないところもないから大丈夫かな?などと考えていたら、、「ラーーーク!ラク!ラク!ラク!」とデカイ声が。下りで浮石を転がし落石を発生させたようだ。・・・う〜〜む、大丈夫かな?相当な時間をすれ違いで待ち、ようやく急斜面を登り始めた。進むと早速後ろから「あぶねーあぶねー!」とデカい声が。。なんて賑やかな(うるさい)パーティーだ、と苦笑してしまった。
その後は、体力的にきつい登りが続き徐々に高度をかせぐ(長谷川ピーク付近を振り返った写真)。頂上まであと100mほどというところで何人かの登山者がある箇所にカメラを向けているのに出くわした。どうやら雷鳥の親子がいるようだ。自分も「よし、撮るか!」と、今回の山行で持ってきた事を後悔することになる標準ズームレンズに交換し何枚か撮った。。が、人が騒ぎすぎているせいでどんどん逃げていってしまい残念ながらろくな写真が撮れなかった。。そして12:40頃、予定時刻よりやや遅れてようやく北穂高岳山頂にある北穂高小屋に到着した。これでついに穂高の4つの頂を全て制覇する事が出来たのであった。

2008.8.11 その5
大キレット制覇の喜びもつかの間、10分くらいの休憩をとり山頂で写真を撮った後1時ちょい前に下り始めた。天気はやや下り坂か、視界は大分悪くなってきた。正直かなりの疲労と筋肉痛でここから800m近くも降りると思うと気がめいってしまいそうだが、今日は頑張ってカールまでは降りないと明日がキツイ。時間もたっぷりあるので天気がやや心配ではあるが涸沢ヒュッテ目指してスタートした。
いきなり残雪があったが、雪はここだけ。あとはかなり急なくだりをひたすら進むだけだ。時折写真を撮るが、くもっていてぱっとしたものは撮れなかった。ほとんどの人が山で一番つらいのはこの下りだと思うのだろう。ピークを極めるという目的がないのでモチベーションは下がるし、特に縦走で疲れているときは気持ちを奮い立たせないと最初の一歩すら踏み出せない。今までの山行で最も疲れた今回の縦走の中でも、北穂からの下りは厳しいものとなった。実際、山の下りは一番事故が発生すると言われる。足にかかる負担もそうだが、気持ちの面でどうしても緩んでしまうのが目標達成後の仕方のないところだ。どんよりした天気のなか目的地の涸沢ヒュッテ(photo by UDA)はかなり遠くから見えるのだが、一向にゴールが近づく気がしないのもこの下には追い討ちをかけた。
そんな状況ではあったが、最小限の休憩をとりながら一歩一歩進みようやく涸沢カールの下部に到着した。平日ではあるが、夏休みまっさかりなのでテントの数はかなり多い。近くの涸沢小屋ではテラスでビールでも飲んでいるのか、人が大勢出ていた。付近の様子は、UDAがこまめに写真を撮っていたのでそれをごらんください(カールの写真 ,)。
チェックインを済まして部屋にいくと、部屋ごとに名前がついている事に気付く。自分達は到着が遅めのせいか別館だったが、グランドジョラス等有名な名前が付けられていた。我々の部屋名はモンテローザという4人部屋だ。先にチェックインしていた2名の若い男は今回が初の登山らしく、ヤマ○イJOYを持って来ており明日奥穂にいくという事だ。部屋に着くと、ひどい疲れのせいか睡魔が襲ってきた。天気もイマイチで、ここは東斜面でもあり夕方は大した写真は撮れないだろうという事でそのまま寝てしまった。

2008.8.11〜8.12
少し寝るとすぐに夕飯の時間になった。夕飯では、父・息子の二人パーティーと相席になった。息子は小4くらいかだろうか?奥穂に登ってきたとの事。そのまま上高地に戻るそうで、今日の出来事をお互い報告し合い、オヤジさんは酒もまわってごきげんであった。食後一杯ビールを飲み、長時間露光で闇に浮かぶテントを撮ろうと思ったが明るすぎる光源があり失敗。その日はそのまま寝てしまった。
翌日は5時に朝食。だが、昨日の経験で朝日を浴びた穂高を撮るには5:10くらいが最適とにらんでいたので、先に写真撮影。涸沢自体に日が射すのは当分先だが、東側にカメラを向けている人が結構いた。自分は反対の山頂方面にカメラを向け一瞬を逃さないように待ち構えた。そして5:15くらいには赤みが一番増した状態となり、奥穂・涸沢岳方面を何枚も撮影した。
満足のいく撮影を終え、さっさと朝食を済ませ、今日の行程は残り少ないが早めの行動を心がけた。

涸沢ヒュッテ〜2時間〜横尾〜3時間〜上高地

出発する頃は日も大分上がり、山の赤みはまったく残っていなかった。アルピニストの別天地と言われる涸沢カールを、少し名残惜しいが出発。するとすぐに相当な足の痛みが。。 宿周辺を歩くだけで、特に下り階段等がきつかったので予想はついていたが、過去最高クラス?の痛みであった。二人ともペースは全く上がらず、雪渓を後続にどんどん譲りながら少しずつ進んだ。ところが不思議なものである程度進むと痛みも慣れてくる。この苦痛をさっさと終わらせたい我々は一気にスピードを上げた。途中走りながら降りている高校登山部以外は、全て抜いてそこそこよいタイムで横尾に到着した。ここで昨日の父子にも出会い軽く会釈。ドライフルーツを摂り残りの平地を3時間弱かけて上高地まで戻った。痛みに慣れたとはいえこの3時間は本当に長かった。。下山後は梓川で足を冷やしながらビールを飲む!究極の癒しの瞬間であった。。
レポートとしては冬のラッセル八ヶ岳並みの長さになったが槍・穂高縦走は以上です。穂高も全て登頂したことはしたが、西穂〜奥穂間の最難関コースが残っているので次来るのはそこのチャレンジの時であろう。


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